ベビーへの視線
産科で働く前は、ベビーに対して「得体の知れない生き物」というような、少し距離のある視線を向けていました。
苦手とまではいかないけれど、未知で不思議な存在。
産科で10か月働いた後は、ベビーに対して愛情を持てるようになりました。
福森が思う愛とは、その人の幸せを願うことです。EXILEが『I Wish For You』でそう歌っていたので。
この生き物ってまだ悪意とか皮肉とか知らないんだよな
無害な生き物だな
かわいいミニチュア人間だな
に加えて、
健康に成長できるといいね……(マジで)
と。
救急搬送されるベビー、お腹の中で亡くなるベビー、冷凍庫の中の、ベビーになる予定だった子。
先天的な疾患を持つベビー、呼吸がうまくできないベビー、ミルクがうまく飲めないベビー。
いろんなベビーを見ました。
あなたが生まれたくて生まれたのではないから、これからなるべく健やかに生きていけますように。
これは紛れもなく愛、慈しみだと思います。
チャッピー(ChatGPT)には「ちょっと達観した見守りおばさん」「人生経験を積んだクラゲ寄りのババア」と評されました。
福森(24)もそう思います。
ちなみに暇に耐えられなかったので10か月で退職しました。
当事者不在で始まるプロジェクト
前編で、福森は産科で働く前からアンチナタリストのきらいがあると書きました。
改めて福森は、
出生を自明の善だと思えない人間
です。
アンチナタリズムと重なる部分は、
・生まれなければ苦しみはない
・生まれることは巨大なリスクを伴う
・本人の同意がないまま人生が開始されることに違和感がある
・自分が出生前に選べるなら生まれない
このあたり。ただし、
・子供が欲しい人や産む人を否定する気はない、むしろ望むなら叶ってほしい
・生まれた人には幸せになってほしい
とは思います。
産科で働いて追加された価値観は、
それがうまくいくといいですね(本当に)(マジで)(ガチで)
ということ。
妊娠の成立も、妊娠の継続も、安全な出産も、まったく当たり前ではありませんでした。
以前から妊娠~出産に対してポジティブな視線を向けられなかった福森は、産科で働いて、
こんなにもハイリスクなことをなんで多くの人がしたがるのだろう
と、より強く思うようになりました。
理由は様々だと思います。福森にない理由を持っているヒトたちが、ヒトをつくる。
前述のとおり、子供を望む人やベビーを否定したり嫌ったりする気はありません。
それと、この表現が鼻につく人もいるかもしれませんが、ベビーは自分の人生の開始に同意ができません。
できないまま、当事者不在のまま、人生というプロジェクトが始められています。
人生という巨大な契約に、契約者本人が存在しない。
福森はその部分をよく考えたいのです。
福森は、生まれる前の存在と対話できるとして、
「かなり苦しむかもしれないけど、かなり楽しいかもしれない人生に参加する?」と聞ける世界だったら、
出生に対する違和感がかなり減ることに気づきました。
自分で決めたことならいいんじゃね、と思います。
まぁその存在の意識やら年齢やら別のところで引っかかりはしますが……。
つまり、福森はアンチナタリストというより、
出生における自己決定権の欠如に違和感を持つ人
なのだと思います。
人生開始ボタン
現実、人生は当事者不在でしか始められません。
そうなると次に、そのスタートボタンを押した側の責任について考えたくなります。
最低でも18年、その責任を持ち続けられるか。途中で投げ出すことなく、やり遂げられるか。
福森にはその覚悟も余裕もありません。だから福森は子供をつくりません。
だから、産科での就業2日目に福森が泣いたのです。
妊娠や子育ての始まりすべてが、始めようと思って始めたものではないことも理解しています。
予想外の妊娠、もうおろせない週数だった、パートナーとの問題、その他諸々。
できる! やり遂げる! と覚悟を決めてから成立させたわけではない妊娠もたくさんあるでしょう。
でも、責任を放棄することは許されません。
でも、その責任を一人で負わなければいけないわけでもありません。
親族、友人、病院や保健所、行政、頼れるものは全部頼っていいから、捨てないこと。
助けが必要なら求めて、使える制度はすべて使って、周囲を頼りながら、やり遂げること。
それがベビーの人生開始ボタンを押した責任だと福森は考えます。
養育の義務、とも言えるでしょう。
福森は、反出生主義者というより、反無責任主義者のようです。
最後に
安心してほしいのですが、福森は町を歩く妊婦さんや子育て中の人々全員に対して、厳しい視線を向けているわけではありません。
少しの間でしたが、産科で働いて、自分の価値観を改めて知ることができました。
ベビーへの視線にも変化がありました。という記録でした。
読んでくださってありがとうございました。